私たちのキャリア入門
強みを活かす?弱みを克服する?
この連載でも何度かお伝えしてきましたが、無理なく自然に使うことができる能力や指向のことを「心の利き手」と呼びます。心の利き手を使って自分らしく働くことでキャリアを築いていくことが必要ですが、時には自分の不得意なことに直面するシーンもあるでしょう。そんな時はどうすべきか?心の利き手とそうではない部分との上手な付き合い方について考えていきましょう。
公開 : 2024/11/19 更新 : --/--/--
自分らしいキャリアを作るヒントが満載!
私たちのキャリア入門
自分らしいキャリアを作っていくためのヒントを詳しくレクチャー。元慶應義塾大学大学院・特任教授の高橋俊介先生によるキャリア講座全15回です。
※このコンテンツは、転職サイト『type』の記事を転載したものです。
高橋俊介さん
元慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授
キャリア開発の研究で第一人者として知られる。東京大学を卒業後、日本国有鉄道に入社。1984年、米プリンストン大学工学部修士課程を修了し、マッキンゼーアンドカンパニーに入社。89年には世界有数の人事組織コンサルティング会社ワイアットの日本法人(現ウイリス・タワーズワトソン)に転職し、93年より同社代表取締役社長に就任。97年に退任、独立後も、人事コンサルティングや講演活動を続けている。
キャリアを築くための得意技「勝負能力」
誰にでも、何かしらかの得意技があると思います。「好きこそものの上手なれ」という言葉があるように、動機(本連載vol.7参照)にドライブされた行動を繰り返していくうちに成果につながり、自分の得意技になる。得意技なのでストレスも感じにくい。理想的なサイクルですよね。この得意技を、私は「勝負能力」と呼んでいます。
勝負能力を開発していくためには、常に新しい仕事や課題にチャレンジしていく必要があります。同じ仕事を同じやり方で続けていたとしたら、それ以外の場所に自分のポテンシャルがあっても気付けませんよね。試行錯誤を重ね、新しい分野にチャレンジしていくことで、「心の利き手」でできることを広げていくことが大切です。
得意なことと不得意なこと、どの順番で伸ばしていくか
得意なことややりたい仕事であれば、長時間続けていてもメンタルまで疲れてしまうことは少ないかもしれません。ですが、向いていないこと、心の利き手を使えない仕事の場合は、たとえ短時間だったとしてもメンタルがダウンしてしまうのではないでしょうか?とはいえ、仕事の中には避けて通れない不得意なこともあるはずです。そんな時はどうすればよいのでしょうか?
能力の伸ばし方には、順序があります。まず、人が持っている能力を図表化してみましょう。縦軸は能力が高いか低いか、横軸はその能力を伸ばす動機が自分の中にあるかないかを表わします。図の右側にある矢印が、最も高い勝負能力です。使い続けていても疲れず、成果につなげていける能力ですね。この部分をさらに伸ばしていくのも大切ではありますが、勝負能力を増やすために注目したいのは真ん中の矢印の方。「まだやったことがないので能力は低いが、動機がある」部分です。
私の場合、日本国有鉄道(現JR)からマッキンゼーに転職しましたが、それからというもの人前でプレゼンをする機会が一気に増えました。最初は全く自信がありませんでしたが、いざやってみたらすごく気持ちが良かったことを覚えています。そこで、自分の中に「伝達欲」が存在していたことに気が付きました。このように、新たな能力を磨いていくことで、自分の勝負能力が増えていくのです。
社会に出て最初の数年のうちは、右側の矢印が示す勝負能力を生かして成果に結びつけ、健全な有能感や効力感を養うのがよいかと思います。続いて、真ん中の矢印を伸ばし、新たな勝負能力を開発する。その次に最後に着目したいのが、左側の「動機がなく、やったこともない」部分なのです。
苦手を克服する「ジム通いの法則」
例えば、数年経って自信が付いてきた時に、後輩の指導を任されたとします。すると、これがなかなか上手くいかなくて、人のモチベーションを高める能力が低いことに気付く……なんてケースも少なくありません。新しい役割を与えられて自信をなくしてしまった、そんなタイミングこそ先ほどの図の左側の矢印を伸ばすチャンスです。この部分に関しては、まずは中間レベル程度を目指せればよいかと思います。
この図は、人が能力を身に付けていく四つの段階を表わしたものです。そもそも人は、まだ習得していない能力に対して「能力がない」ということにすら気付いていません。例えば、自分の考えを伝えたいという伝達欲が強く、人の意見を聞く傾聴欲がない人が、会議のファシリテーターを務めたとしましょう。会議中ずっと話し通しで、人の話すら遮ってしまいます。しかしこのような人は、「人の話を聞くことができない自分」に気付いてはいません。聞くことが苦手だからこそ、相手が話している時間が長く感じてしまうため、「ちゃんと相手の話を聞く時間を取っている」という気になってしまうのです。これが、図中の一番左の「無意識無能」状態です。
まずはこれを、周囲からのフィードバックや多面評価を受けることで、傾聴力がないことを意識している状態、つまり「意識無能」状態にすることが大切です。その後、傾聴力に関する本を読んだり、コーチングの研修に参加したりすることで「意識有能」の状態にまで持っていきます。意識すればできる状態、ということですね。
しかし、最初の数日はできていても、すぐにもとに戻ってしまうことが大半です。動機のないことを習慣化するのは難しく、時間が掛かります。なので、目に付くところに「人の話を最後まで聞く」と書いた紙を貼っておくなど、地道な努力と継続が必要です。この継続によって、動機のないことでも必要な場面では自然とできる「無意識有能」状態へと近づいていくのです。
私はこれを「ジム通いの法則」と呼んでいます。運動習慣のない人がスポーツジムに通いはじめた場合、最初の2、3回以降は来なくってしまうことが多いそうです。意識無能状態ですね。しかし、ジムのスタッフいわく、週1回でもよいので3カ月間通い続けることができた人は、その後も何年も続けることができるのだそうです。
ビジネスにおいても、最初の3カ月が肝心です。3カ月継続することができれば、無意識有能へと近づくことができるはずです。
自己肯定感を育てるために必要なのは「苦手ばかりにとらわれない」こと
今回は、能力を伸ばす順序と、足りない能力の伸ばし方についてご説明してきました。まずは、心の利き手を使って成果を挙げ、勝負能力を磨いていく。次に、まだやったことのないことにチャレンジして新しい勝負能力を開発する。そして最後に、動機のない、利き手ではない分野に取り組む。
しかし、日本の企業はネガティブフィードバックが多い傾向にあります。厳しい上司にダメ出しされながら、苦手なことに取り組まなければならない会社も少なくないでしょう。ですが、それでは自己肯定感が起きないですよね。なので、まずは心の利き手でできる勝負能力を広げ、少しずつ弱みと向き合っていくことが大切です。そして自分が上司になった時には、部下に同じものを要求するのではなく、自身の勝負能力を一度封印して部下が持っている能力を伸ばす手助けをしてあげるといった対応ができるようになれるとよいですね。
企画・撮影協力/ ビジネス・ブレークスルー(BBT)
※このコンテンツは、2016年にtypeメンバーズパークに掲載された動画を新たに記事化したものです。文中の組織名・肩書きは当時のものです。