私たちのキャリア入門
具体的なキャリアの目標には意味がない?
よく耳にする「キャリアデザイン」という言葉。しかし、細部までデザインできている人は少ないというのが現状です。そもそもどのようにデザインしていけばいいのかも分からない、という方も少なくないのではないでしょうか。連載第一回の今回は、「キャリアはデザインできるのか」について考えていきましょう。
公開 : 2024/04/03 更新 : --/--/--
自分らしいキャリアを作るヒントが満載!
私たちのキャリア入門
自分らしいキャリアを作っていくためのヒントを詳しくレクチャー。元慶應義塾大学大学院・特任教授の高橋俊介先生によるキャリア講座全15回です。
※このコンテンツは、転職サイト『type』の記事を転載したものです。
高橋俊介さん
元慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授
キャリア開発の研究で第一人者として知られる。東京大学を卒業後、日本国有鉄道に入社。1984年、米プリンストン大学工学部修士課程を修了し、マッキンゼーアンドカンパニーに入社。89年には世界有数の人事組織コンサルティング会社ワイアットの日本法人(現ウイリス・タワーズワトソン)に転職し、93年より同社代表取締役社長に就任。97年に退任、独立後も、人事コンサルティングや講演活動を続けている。
具体的キャリア目標に意味がない理由
私が担当する慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスのキャリアリソースラボラトリーで、数千人のビジネスパーソンを対象にアンケート調査を行ったことがあります。結果、「自分らしいキャリアが築けたか」という質問と「キャリアを自分自身で切り開いてきたか」という質問にはきわめて高い相関関係が見られました。自分でキャリアを切り開いてきた自覚がある人ほど「自分らしいキャリアを築くことができた」と感じているということですね。しかし、この二つの質問と「5年後、10年後の具体的なキャリア目標を意識してきたか」という質問との間には、相関関係がほとんどなかったのです。目標の有無がキャリアに支障をきたすことはあまりないということになります。
キャリア目標が重要ではないと言える最大の要因は、変化が激しい世の中になった点であると考えられます。テクノロジーが進歩すればビジネスモデルも変化しますし、グローバル化もどんどん進んでいきます。そうなれば、働き方も変わりますよね。10年後の目標を立てたとして、今の仕事領域がどう変化していくか分からないのです。
自動車に関わるエンジニアを例に考えてみましょう。近年普及しつつある電気自動車が、数年以内に急速にシェアを拡大したとしたら、内燃機関のエンジニアの仕事は失われてしまうかもしれません。しかし、何らかのボトルネックが生じてシェアが変わらない可能性だってあります。このように、先のことを予測するのは困難です。
さらに言うと、予期せぬ事態に左右されることも多々あります。新規プロジェクトに誘われたことをきっかけに自分の強みに気付いたり、自身の専門性が発揮できる方面に会社が投資しなくなってしまったり。これら全てを予測することはできない。だからこそ、現状の情報だけで目標を立てるのは難しいのです。
「キャリア目標」の呪縛はどこで生まれたのか
かつて、アメリカの実業家であるジャック・ウェルチ氏は「自分の運命は自分でコントロールすべきである」と言いました。もっともではあるものの、「人に振り回されてはいけない」という呪縛の強さが感じとれる言葉でもあります。
最近は日本においても「会社に全て任せていてはいけない」という考え方が根付いてきていますね。かつての日本は、会社に任せていれば順調なキャリアが築けるというのが一般的な考え方でした。しかし、バブルが崩壊。「雇用は守られる」とされてきた時代から一変、1990年代の後半には予期せぬリストラや大手企業の破綻が相次ぎました。日本のキャリア形成のあり方は、ここがターニングポイントになったのではないかと思うのです。最近の若い方は、この一連の流れを知っているからこそ「自分のキャリアを人任せにしてはいけない」という気持ちが強いのでしょう。
加えて、就職活動に使われているエントリーシートの存在が、「キャリアデザイン」という考え方の普及に拍車を掛けたように思います。「自分はどうなりたいのか」「この会社でどう働きたいか」といった内容を、社会で働いたことのない学生が書かなければならない。具体的なキャリアのゴールが書けないと選考で落されてしまうため、大学では5年後の自分について書くトレーニングが行われているそうです。
企業側はなぜ具体的なキャリア目標を聞きたがるのでしょうか?採用を担当する社員たちは、「自らキャリアを切り開く」という経験を持たない世代です。だからこそ、強いキャリア意識を持つ人材を求めて、選考で具体的なキャリア目標を聞くのでしょう。
しかし、採用された人材が入社後に配属されるのは、選考で伝えた希望の部署とは限らない。会社にとってみれば、あくまでもその人のマインド面を知るために聞いたに過ぎないのです。「希望した仕事ではないから嫌だ」と言う若者が多くて困る、といった話をよく聞きますが、その状況を作った責任は会社にあるように思います。
正解主義の日本ならではの「正解探し」の就職活動
とはいえ、若者側にも問題はあります。日本の教育は、用意された正解にいかに早く辿り着くかを重視する「正解主義」です。よって若者は、何事にも正解があるものだと考え、楽に正解に辿り着くためのテクニックを身につけようとする。受験や就職活動に関しても、まるでゲームの一種であるかのように捉えている節も見られます。
よって、キャリア形成についても同じ考え方をしてしまうのでしょう。いかに損をせずにキャリアを築いていくか、と考えてしまうのです。「正解があるなら、最初から教えてくれればいいではないか」という思考ですね。なので、近年は「試行錯誤」という言葉が好まれない傾向にあるように思います。これは、「管理可能性」と「予測可能性」を極大化させながら成長していった産業社会特有の思考です。
「管理可能性」と「予測可能性」について、工場を例に考えてみましょう。工場内で働く社員は会社の指示に従いますし、外の天気や気温に影響を受けることもない。つまり、会社にとっては人員や状況の管理可能性と、その場で起こることの予測可能性がきわめて高いと言えます。こういった環境下では、緻密に計画を立ててその通りに進めていくことで、生産性は大きく向上します。
しかし、人の人生やキャリアに関してはその真逆。自分の都合のいいようには進みませんし、未来のことは分からない。管理可能性と予測可能性が非常に低いですよね。キャリアとは長期にわたって、想定外の影響を受けながら築き上げていくものです。計画を立てたらひたすら実行する、という考え方ではなく、アバウトな計画だけ立てて、実行しながら計画も変えていくオーバーラップ思考が必要になります。
「主体性」と「柔軟性」が幸せにつながるキャリア観を作る
キャリアを考えるにあたって重要な四つのマトリックスについてご紹介します。以前ある雑誌が女性を対象にアンケート調査を行いました。キャリアに対する態度が主体的か受動的か。そして固定的か柔軟的か。それぞれパターンに分類した時に、その人の仕事・人生の幸せ度、年収などに差が出るのかどうかを調べたのです。
[主体的]自ら働きかけ、選択していく
[受動的]自らは働きかけず、状況に適応しようとする
[固定的]決めたことに対して一直線に進んでいく
[柔軟的]変化を受け入れ、合わせていく
最も仕事満足度が高かったのは、「主体的」で「柔軟的」な方でした。自ら進んでいく「主体性」を持ちながら、チャンスがあればそちらに目を向けて目標を変えていく柔軟性もある方です。
一方で「主体的」で「固定的」な人は、「こうなりたい」と決めたらひたすら向かっていく人なので、上手くいけば昇給などに繋がりやすい。ですが、状況や環境の変化に弱いため、つまずくと立て直せなくなってしまいがちです。
最悪なのが、「受動的」で「固定的」な人です。「こうでなければ嫌だ」と言いつつも、そうなるために自ら進む力が弱いタイプ。全てを人のせいにしてしまいがちなので、人生全体がネガティブになってしまいます。
そして最後に、意外と幸せなのが「受動的」で「柔軟的]な人です。受け身ではあるものの、柔軟に対応していけるので、「これはこれで良い」と思うことができます。収入は低くても幸せを見つける能力に長けているタイプです。
キャリア目標よりも大切なのは、偶然を呼び込む「良い習慣」
先の分からない世の中における柔軟性の大切さを感じていただけたでしょうか?柔軟性の大切さについては、理論的にも証明されています。
スタンフォード大学のクランボルツ教授の論文によると、500人の面接を通じて、人のキャリアの50~80%は偶然の出来事によって左右されているのだといいます。転職しやすいとされるアメリカでさえ、自分の計画したようにキャリアは作れないとされているのです。
とはいえ、良い偶然に恵まれる人とそうでない人がいるのも事実です。その違いは一体何か?答えは、「普段の行い」なのです。つまり、キャリアを作るのは「目標」ではなく「習慣」なんですね。
良い偶然に恵まれる確率を上げるために身につけるべき習慣については、次回以降じっくりお話ししていきたいと思います。
企画・撮影協力/ ビジネス・ブレークスルー(BBT)
※このコンテンツは、2016年にtypeメンバーズパークに掲載された動画を新たに記事化したものです。文中の組織名・肩書きは当時のものです。