今回は「現状できること」と「仕事を通じて今後身につけられること」の関係性を捉えていきたいと思います。
これまでの連載記事でも示したように、IT技術者の代表的な職場は大きく3つに分かれます。SI、自社製品・サービスベンダー、社内SEです。そこで、この3つの立場ごとに「スタート時に必要とされる“できること”」と「ここでの仕事で“身につけられること”」とを見比べていきましょう。
まずはSI企業から。
■SIで身につけられること
SIの特徴は、幅広い顧客と出会い、多様な技術に触れられ、プロジェクト単位で成果を確認しながら、次の成長ステップに臨める点にあります。企業による違いや、技術者の姿勢による違いがあるので、一概には言えませんが、ポテンシャルで採用した人材にも成長機会を与えてくれる企業に入社し、そこで意欲的に努力をすれば、下の表で示したような「身につけられること」を得ていくことは十分に可能です。
基礎的なビジネスコミュニケーション |
経験のあるシステムや業界への理解 |
一般的な技術動向の把握 |
プロジェクトメンバーとしての責務の遂行 |
プロジェクト内部での人間関係構築能力 |
顧客への課題把握、提案力、解決力 |
納期を意識した品質の高いPJT実現 |
ベンダーコントロール経験 |
ニーズに合わせたコスト管理 |
様々なシステム環境、業界、業務理解 |
顧客の最新ニーズ/技術の把握 |
開発力 |
一方、上記を身につけるための環境を見つける上で、注意しなければならない点もあります。「顧客との距離」です。一言でSIといっても、顧客企業と直接つながり、問題解決のイニシアチブを握る一次請けSIもあれば、二次請け、三次請けSIもあります。また、最上流の戦略部分だけを見るITコンサルもSIとして認識されることも少なくありません。つまり、一言でSIといっても、これらの内のどのポジションのSIにいるのかによって、大きく仕事内容も成長機会も変わってきます。
例えば、二次請け、三次請けのSIで働いてきたエンジニアが「与えられた仕様書通りに作るだけ」「最適な手法を提案したくても顧客企業と接点がない」という不満から転職する場合、下流にしか携われない受託SI企業に転職してしまったら、希望する技術領域に携わるチャンスが少なく、本当の意味での問題解決能力やプロジェクトマネジメント力を培うことも難しくなります。重要なのはSIをひとまとめに捉えるのでなく、自身が置かれている立場を客観視し、ワンランク上のSIの実態というものをきちんと理解することです。
■自社製品・サービスベンダーで身につけられること
では次に自社製品・サービスベンダーの特徴を見ていきましょう。ここで一番の鍵となるのは開発力を含めた技術力です。SIや社内SEでも、すでに標準以上の技術力を保持しているエンジニアは高く評価されますが、とりわけこれを重要視するのが自社製品・サービスベンダーだということです。どの立場よりもエンジニアの力量がダイレクトに業績を左右していきますから、当然のことだと言えるでしょう。転職志望者の目線で見ても「技術を深掘りしていく経験が得られる」というイメージがありますので技術志向のかたには人気のある立場です。SIや社内SEにはない「自社製品のマネタイズ」に携わる機会を得ることもまた可能でしょう。
開発力 |
競合企業への基礎的な理解 |
顧客の課題把握、提案力 |
ニーズに合わせたコスト管理 |
ベンダーコントロール経験 |
限られた予算内で品質改善 |
顧客要望に沿ったカスタマイズ |
当該分野・技術の専門性 |
競合とユーザビリティの意識 |
製品のマネタイズ方法 |
こちらをキャリアの選択肢として選ぶ上で知っておかなければならないことが2つあります。
技術の幅の問題と経験の多様性の問題です。自社製品・サービスベンダーの場合、どんなに大手であっても、製品群やサービス群の幅には限りがあります。技術領域が限定される以上、「自分はこの領域で生きていく」というビジョンに到達したエンジニアならば問題ないのですが、「まだ自分の生きる道が見つからない」あるいは「もっと違う領域にも触れてみたい」と考えるかたは、キャリアチェンジを模索することになります。
2つめの経験の多様性という問題点は、簡単にいえばダイナミックな成長機会の有無についてです。自社開発製品が好調なベンダーほど、エンジニアは主に既存製品の改善を担うことになります。「何もないゼロの状態から画期的な製品やサービスを構築して、それをマネタイズする」という夢をベンダーでは追いかけることが可能ですけれども、誰もがそのチャンスに恵まれるわけではない、という現実もまたあります。
最後に、3つめの社内SEの特徴を見ていきましょう。
■社内SEで身につけられること
社内SEはその会社の一員としてシステム全体と関わっていく立場ですから、何よりもまず自社を取り巻く業界についての知識と、展開している事業や業務についての理解が求められます。一方、自社製品・サービスベンダーやSIのエンジニアほどには、高度な技術力や幅広い技術知見を求められない傾向もありますので、若い時期からでも入っていきやすい性質を持っています。システムの改善やリプレイスの機会が発生した時には、プロジェクトをリードしていく経験も得られます。実際に手を動かすのは、多くの場合、プロジェクトに参画した外部ベンダーのエンジニアが担いますので、前職でベンダーコントロールの経験を持っているかたであれば、歓迎されるでしょう。
所属する業界の知識 |
ベンダーコントロール経験 |
ニーズに合わせたコスト管理 |
社内システムの理解 |
システム予算管理&獲得交渉力 |
ヘルプデスク/対応力 |
社内SEにもキャリアの選択肢として選ぶ上で知っておかなければならないことが3つあります。
技術力、提案力、そしてキャリアの安定度です。技術の面でいえば、常に自社システムの最適化が使命となるため、技術力の幅を広げたい、あるいは専門分野を深く追求したい、と考えるエンジニアにとって最良の場とは言い難いケースが多くあります。提案力や交渉力についても、対象が内向きとなる場合が多くなり、「顧客企業を相手に提案をして、案件を獲得していく」というようなシビアな局面を経験し、それによって成長するような機会は作りにくくなります。つまり、技術力でも提案力でも、エンジニアとしての成長が止まってしまうリスクがあるのです。3つめのキャリアの安定度についても正しく理解をしてほしいと思います。社内SEは企業の一部門のメンバーですから、その会社の業績や好不況の影響を受けます。「大手企業の社内SEになれたら将来も安泰」という発想は必ずしも正しいとは言えません。
■まとめ
以上のように、SI、自社製品・サービスベンダー、社内SEのいずれも一長一短があります。だからこそ私たちキャリアアドバイザーは、転職志望のエンジニアのかたがたと話し合い、個々の希望や保有スキルに応じて、そのかたにとってのベストな選択が何なのかをともに考え、ご提案させて頂いています。とはいえ、今回提示した3つの表を見比べるだけでも、多くの方に理解していただける事柄はあります。それは「どの立場がより多くのキャリアパスを有しているか」です。答えはSI。
多くのSIでは「今できること」に特別な要素を求めていません。なぜなら、入社後に出会うプロジェクトで主に必要となるのが汎用性の高い技術力やプロジェクトマネジメントの基礎となる能力だからです。将来的に自社製品・サービスベンダーや社内SEという立場で働きたいかたにとっても、SIで身につく汎用的な能力の数々は役立っていきます。「今できること」に不足を自覚しているかたや、「自分が何を軸にしてキャリアを築きたいかがはっきりしていない」というかたが、ネクスト・ステップとして選択するのであれば、多様なスキルを磨けるSIは適しているといえるでしょう。様々なプロジェクトを経験しながら、「コレだ!」と思えるものに出会える場でもあると言えます。
また企業によっては、SI事業と自社製品・サービスベンダー事業の双方を展開しているところもありますので、社内にいながらチャレンジをしていくことも可能です。SIの説明の中で注意点を2つ挙げましたが、これについても一次請けSIであり、なおかつ長期に渡り成長を続けているところならば、自身の積極性や成長意欲次第で解決できると考えます。
では、具体的にどのような経験を積めば「理想のキャリア」を築き、「望んでいる職種や立場」に就けるのでしょう?次回は「目指すポジションに就くため、20代のうちから経験しておくべきこと」についてお伝えします。